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マイナス思考晶ちゃん。
つづけ!
ぼおっと過ごす時間が、晶馬はとても、苦手だ。昨日の無理が祟ったのか、日付けが変わっても熱は下がる気配は無く、冠葉に有無を言わさず学校を欠席することを決められてしまった。そして当の本人は、欠席する理由なんて無いのだから当たり前なのだけど、一人でさっさと学校に行ってしまった。結果、誰も居ない昼間の家で、晶馬は一人、ぼんやりと時が過ぎるのを待っている。
ちっとも面白くない内容で、それに電気代も勿体無いと思い、付けっぱなしだったテレビを消してしまうと、家の中は静寂に包まれた。外を走る車の音や、たまに通る人の喋り声も、家の中とはどこか遠い世界の音のように聞こえる。やけに響く自分の呼吸の音だけが、きっと今この時間の中で、一番確かなものなのだろう。
ぼおっと過ごす時間は苦手だ。
だって嫌なことばかり、考えてしまう。
布団に寝転んだまま、天井を見つめる。幼い頃から見慣れた何の変哲もない木製の天井には、数年前から可愛らしい照明がぶら下がっている。その照明を選んだ張本人は、もう何ヶ月も、この家にいない。
陽毬は、ずっとこうやって一人の時間を過ごしているのだろうか。
冠葉が夜遅くに帰ってくる日は、一体何をやっているのだろうか。
この先、陽毬はどうなってしまうのだろうか。
自分は一体、この家で何をやっているのだろうか。どうしてここにいるのだろうか。
ぐるぐると回る思考を止めたくて、布団を頭まですっぽりと被ってみる。
ああ、息が、うまく吸えない。
いっそこのまま熱にうかされて消えてしまったら、何も考えなくてよくなるのに。呼吸さえ上手く出来ない自分が、ここに存在している意味なんてあるのだろうか。
眠ってしまって、知らない間に時間が過ぎていたらどんなにか楽だろう。それでも夢を見ることが怖くて、目を閉じることにも躊躇してしまう。自分はいつから、上手に眠ることが出来なくなってしまったのだろうか。
まとまらない思考を抱えたまま、晶馬は一人、自嘲した。体が不調だと、中身までとことん駄目な方向へ向かってしまうらしい。
布団は頭まで被ったまま、視界はとても真っ暗で、相変わらず空気が薄い。
いつまで、この時間が、続くのだろう。
夢と現実の狭間を行き来する中で、自分以外の人の気配を感じ、晶馬は薄く目を開けた。時計を見ると、もうすぐ五時になろうとしている所。どうやら、何時の間にか眠ってしまっていたらしい。今まで見ていた夢を反芻しながら、ぼんやりと、ごそごそと冷蔵庫を探る冠葉に目をやった。
夢の中の自分はいつも、大事な物が消えていくことをどうすることも出来ず、ただ呆然と見ているだけだった。いつでも何回でも、そうやって晶馬の元から大事な物が消えていく。それが夢の中だけのことなのか、それとも現実でもそうなのか、晶馬にはよくわからない。
きっと今、自分はとても酷い顔をしているのだろう。冠葉に余計な心配を掛けたくなくて、晶馬は夢を振り払うように、軽く頭を振った。
「兄貴」
久しぶりに発した声は少し掠れてしまったけれど、それでも冠葉にはしっかり届いたらしい。
「お、目が覚めたか」
「うん」
冷蔵庫を探る手を止めて、冠葉がこちらを振り返った。いつもなら、冠葉はまだ帰宅していない時間なのに。冷たそうに見えるくせに、冠葉はいつだって、陽毱にも晶馬にも甘いのだ。
「兄貴、今日は早いね」
「ああ、学校終わったらすぐに帰ってきた」
晶馬の元に近寄る冠葉を見上げる。冠葉は腕を伸ばし、晶馬の額に手を当ててきた。
「お、大分熱下がったんじゃないか」
「兄貴、手、冷たい」
「そりゃお前よりはな」
苦笑いを浮かべる冠葉を見やり、晶馬も笑みを浮かべる。毎日顔を合わせている、いつもとまったく変わらない心配症な兄の様子に、晶馬は何故か、少しだけ泣きそうになった。
どうしてだろう。
冠葉が居るだけで、どうしてこんなに安心してしまう自分がいるのだろう。
数時間前までのマイナス思考はすっかり無くなって、ただ冠葉が帰ってきただけなのに、家の中も外の音も全て現実味を帯びるようになる。
「待ってろよ、今日は俺が鍋焼きうどん作ってやるから」
再び冷蔵庫の方へ引き返した冠葉に、晶馬はやったね、と返事をする。枕に頭を預けると、また少し、眠気が襲ってきた。
鍋焼きうどんが出来るまで、もう少し、眠ってしまおうか。嫌な夢を見ても、起きたら冠葉が側にいる。それだけで、何だか全て大丈夫だと思えた。
晶馬は再び、目を閉じる。
ようやく、ちゃんと上手に呼吸が出来るようになった気がした。