輪るピングドラムの二次創作テキストブログ。
冠晶中心に晶馬総受け。
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初ピンドラ、冠晶。鬱々しててなんだか痛い。
ひっさしぶりに書いた文章だったのでいろいろ酷くて、もうあまり見たくない\(^o^)/
つづきからどうぞ。
ひっさしぶりに書いた文章だったのでいろいろ酷くて、もうあまり見たくない\(^o^)/
つづきからどうぞ。
「…、いった…」
瞬間体のバランスが崩れ、運動神経がいい方ではない晶馬は受け身を取れず、壁にしたたかに頭をぶつけた。拍子に、隣に重ねてある鍋やフライパンがガラガラと音をたてる。
ぶつけた頭をさすろうとして、頭よりももっと酷い痛みを左頬に感じ、宙を彷徨う左手の行方は左頬へと変わった。目の前に無表情で立っている双子の兄を視界に捉え、晶馬は、あぁ殴られたんだな、とどこかぼんやりとした頭で悟る。帰りが遅くなった兄を咎めようとした時の出来事だった。
ようやく、本格的に秋になろうとしている時期。暖房器具があまりない高倉家の台所は、深夜という時間も手伝って、そこそこに寒い。
「何、どうしたの兄貴」
無言のまま見下ろす冠葉に、場に似つかわしくない、普段通りの声をかける。
冠葉は何も、答えない。
深夜零時を過ぎた家は真っ暗だけれど、暗闇に慣れた目には我が家のキラキラした塗装や家電が眩しかった。
冠葉を見上げる。
晶馬はこんな冠葉を見たことはなかったけれど、それでも、別に慌てたりはしないし、不思議だとも思わなかった。
なんとなく、冠葉の中にこういう側面があるということを、知っているような。
やはりぼんやりとした、霞がかかった頭で、ぼんやりと思考を巡らせる。
「……、冠葉」
名前を呼んでみる。
手を伸ばす。
相変わらず何も答えない兄の手を取ろうとして、冠葉の手が微かに震えていることに気づく。
「…………冠葉」
手を取ろうと伸ばす手は一瞬躊躇って、結局元の位置まで戻る。
どうすればいいのかわからなくなって、表情が見えない冠葉の顔を見上げ、困ったようにへらっと笑った。
2度目の衝撃が飛んできたのは、その後だった。
晶馬はやはり、受け身は取れない。
今度こそガラガラと大きな音を立てて倒れる鍋の音を聞きながら、陽毬がいなくてよかったな、と、相変わらずぼんやりと思う。
裸足のままで立つ板張りの床はとても冷たくて、晶馬は小さく、ふる、と震えた。
***
初めて晶馬を殴ったのがいつだったのか、冠葉も既に覚えていない。何年も前からのような気もするし、最近のような気もする。確実であることは、全て両親がいなくなってから、ということだ。
狂いそうな日常を必死で繋ぎ止めようとすることは、気が狂いそうになるようなことだった。
外の世界に助けや救いがないということは、冠葉も晶馬も陽毱もすぐに悟った。人を信じることも馬鹿らしいような状況で、罪を被った兄妹は、これからはたった3人で生きていかねばならないことを知る。理不尽を感じる暇もなかった。山のようにふりかかる様々な問題に、押し潰されないように生活するだけで精一杯だった。
そう、みんな精一杯だったのだ。
高倉家を続けていくことに。
不安や怒りや憤りは常に自分の中にあったけれど、それを口にすれば日常が壊れていくような恐怖感。
両親が居た頃とは明らかに変わってしまったということを、思い知らされてしまう。
拭い去れない違和感を無くそうとして、晶馬と陽毱に対して表面的な態度を取るようになったのはいつからだろうか。そして、そんな冠葉に呼応するようにして、晶馬も陽毬も、いつしか自分のことを話さなくなっていった。
3人が、高倉家を続けていく為に、ひとりになることを選んだのだ。
追い討ちをかけるように陽毱の病気が発覚し、高倉家はいっそう日常と切り離されていく。
比例するかのように、冠葉の中にぐちゃぐちゃの感情がいっそう積もっていった。それはおそらく晶馬も同じだっただろうけれど、それを気にかける余裕も無かった。
考えなくてはならない、いろいろなこと。
それは例えば、家のことだとか。
金のことだとか。
学校のこと。
陽毬のこと。
陽毬の病気のこと。
外のこと。
両親のこと。
陽毬のこと。
晶馬のこと。
陽毬のこと。
これからのこと。
陽毬のこと。
陽毬。
ひまり。
ひまり。
そうだ、きっと。
陽毬の命が消えていくと知った瞬間から、冠葉はもう後戻り出来なくなっていたのだ。
抑圧された感情は、深く大きくなるほど手に終えなくて、いつしかコントロールが出来なくなっていく。
初めて晶馬に手をあげたあの日。
わきあがる衝動を抑えようともしないまま、気づけば晶馬は畳の上に倒れていて、そして激しく咳き込んでいた。服が、どうしようもない程、乱れていた。
手をあげた理由はよくわからない。
それはきっと自分でも説明できないもので、そしておそらく、陽毬がいない家が耐えられなかったのだと思う。
右手が痛くて、目の前の光景が理解できなくて、自分がやったことがにわかに信じられなくて、全身が小刻みに震えた。
晶馬に近寄る。
力の限り抱きしめたくなって、けれど晶馬に触れてはいけない気がして、震える声で、しょうま、と呼んだ。
暗闇の静まりかえった部屋に、晶馬の咳き込む音と、風でカタカタと鳴る窓の音がやけに響く。
あにき。ぼくは、だいじょうぶだから。
返ってきた声は酷く掠れていて、殴られ押し倒され無理やり犯された人間が発するには、あまりに間が抜けた口調だった。
かんば、と呼びながらへらっと笑う晶馬はどこか虚ろで、いつもの弟とはどこか決定的に異なっていることに、冠葉は気づく。
それは恐ろしい光景だと思った。
狂いそうな日常を生きてきたのは自分だけではないのだ。晶馬だって、きっと。
かんば。
ぼくは、だいじょうぶだから。
ただ、なんだかとてもねむいんだ。
ごめん、もう、ねてしまいそう。
乱れた服も、血が滲む口元もそのままに、掠れた声がだんだん小さくなる。
冠葉は今度こそたまらなくなって、晶馬に駆け寄り、強く抱きしめた。
晶馬は少し驚いた顔をして、すぐに気を失うように、深い眠りに落ちていった。
その日から、冠葉の抑えられない衝動を晶馬に八つ当たりのようにぶつけることが、定期的に起きるようになった。
そういう時の晶馬はいつだって、冠葉の名前を呼びながら、困ったように笑っている。
例えば数時間前、台所で、深夜に帰宅した自分を咎めた弟を、何の前触れもなく殴ってしまったときのように。
いつものように、台所で倒れたまま気を失うように眠りについた晶馬を見やり、冠葉はそっと晶馬の頬に手をやった。
初めて手をかけてしまったあの時のへらっと笑う晶馬の顔が、今だって頭に焼きついて離れない。
あの日から冠葉はいつだって、晶馬の弱さに甘えていて、そして救われていたんだ。
晶馬を抱えて、布団に運ぶ。
こういう日は、必ず晶馬を抱きしめながら眠りにつく。
思えば初めて晶馬に手をあげたあの日も。
今日のように、肌寒い日の深夜の出来事だった。
初めて晶馬を殴ったのがいつだったのか、冠葉も既に覚えていない。何年も前からのような気もするし、最近のような気もする。確実であることは、全て両親がいなくなってから、ということだ。
狂いそうな日常を必死で繋ぎ止めようとすることは、気が狂いそうになるようなことだった。
外の世界に助けや救いがないということは、冠葉も晶馬も陽毱もすぐに悟った。人を信じることも馬鹿らしいような状況で、罪を被った兄妹は、これからはたった3人で生きていかねばならないことを知る。理不尽を感じる暇もなかった。山のようにふりかかる様々な問題に、押し潰されないように生活するだけで精一杯だった。
そう、みんな精一杯だったのだ。
高倉家を続けていくことに。
不安や怒りや憤りは常に自分の中にあったけれど、それを口にすれば日常が壊れていくような恐怖感。
両親が居た頃とは明らかに変わってしまったということを、思い知らされてしまう。
拭い去れない違和感を無くそうとして、晶馬と陽毱に対して表面的な態度を取るようになったのはいつからだろうか。そして、そんな冠葉に呼応するようにして、晶馬も陽毱も、いつしか自分のことを話さなくなっていった。
3人が、高倉家を続けていく為に、ひとりになることを選んだのだ。
追い討ちをかけるように陽毱の病気が発覚し、高倉家はいっそう日常と切り離されていく。
比例するかのように、冠葉の中にぐちゃぐちゃの感情がいっそう積もっていった。それはおそらく晶馬も同じだっただろうけれど、それを気にかける余裕も無かった。
考えなくてはならない、いろいろなこと。
それは例えば、家のことだとか。
金のことだとか。
学校のこと。
陽毱のこと。
陽毱の病気のこと。
外のこと。
両親のこと。
陽毱のこと。
晶馬のこと。
陽毱のこと。
これからのこと。
陽毱のこと。
陽毱。
ひまり。
ひまり。
そうだ、きっと。
陽毱の命が消えていくと知った瞬間から、冠葉はもう後戻り出来なくなっていたのだ。
抑圧された感情は、深く大きくなるほど手に終えなくて、いつしかコントロールが出来なくなっていく。
初めて晶馬に手をあげたあの日。
わきあがる衝動を抑えようともしないまま、気づけば晶馬は畳の上に倒れていて、そして激しく咳き込んでいた。服が、どうしようもない程、乱れていた。
手をあげた理由はよくわからない。
それはきっと自分でも説明できないもので、そしておそらく、陽毱がいない家が耐えられなかったのだと思う。
右手が痛くて、目の前の光景が理解できなくて、自分がやったことがにわかに信じられなくて、全身が小刻みに震えた。
晶馬に近寄る。
力の限り抱きしめたくなって、けれど晶馬に触れてはいけない気がして、震える声で、しょうま、と呼んだ。
暗闇の静まりかえった部屋に、晶馬の咳き込む音と、風でカタカタと鳴る窓の音がやけに響く。
あにき。ぼくは、だいじょうぶだから。
返ってきた声は酷く掠れていて、殴られ押し倒され無理やり犯された人間が発するには、あまりに間が抜けた口調だった。
かんば、と呼びながらへらっと笑う晶馬はどこか虚ろで、いつもの弟とはどこか決定的に異なっていることに、冠葉は気づく。
それは恐ろしい光景だと思った。
狂いそうな日常を生きてきたのは自分だけではないのだ。晶馬だって、きっと。
かんば。
ぼくは、だいじょうぶだから。
ただ、なんだかとてもねむいんだ。
ごめん、もう、ねてしまいそう。
乱れた服も、血が滲む口元もそのままに、掠れた声がだんだん小さくなる。
冠葉は今度こそたまらなくなって、晶馬に駆け寄り、強く抱きしめた。
晶馬は少し驚いた顔をして、すぐに気を失うように、深い眠りに落ちていった。
その日から、冠葉の抑えられない衝動を晶馬に八つ当たりのようにぶつけることが、定期的に起きるようになった。
そういう時の晶馬はいつだって、冠葉の名前を呼びながら、困ったように笑っている。
例えば数時間前、台所で、深夜に帰宅した自分を咎めた弟を、何の前触れもなく殴ってしまったときのように。
いつものように、台所で倒れたまま気を失うように眠りについた晶馬を見やり、冠葉はそっと晶馬の頬に手をやった。
初めて手をかけてしまったあの時のへらっと笑う晶馬の顔が、今だって頭に焼きついて離れない。
あの日から冠葉はいつだって、晶馬の弱さに甘えていて、そして救われていたんだ。
晶馬を抱えて、布団に運ぶ。
こういう日は、必ず晶馬を抱きしめながら眠りにつく。
思えば初めて晶馬に手をあげたあの日も。
今日のように、肌寒い日の深夜の出来事だった。
瞬間体のバランスが崩れ、運動神経がいい方ではない晶馬は受け身を取れず、壁にしたたかに頭をぶつけた。拍子に、隣に重ねてある鍋やフライパンがガラガラと音をたてる。
ぶつけた頭をさすろうとして、頭よりももっと酷い痛みを左頬に感じ、宙を彷徨う左手の行方は左頬へと変わった。目の前に無表情で立っている双子の兄を視界に捉え、晶馬は、あぁ殴られたんだな、とどこかぼんやりとした頭で悟る。帰りが遅くなった兄を咎めようとした時の出来事だった。
ようやく、本格的に秋になろうとしている時期。暖房器具があまりない高倉家の台所は、深夜という時間も手伝って、そこそこに寒い。
「何、どうしたの兄貴」
無言のまま見下ろす冠葉に、場に似つかわしくない、普段通りの声をかける。
冠葉は何も、答えない。
深夜零時を過ぎた家は真っ暗だけれど、暗闇に慣れた目には我が家のキラキラした塗装や家電が眩しかった。
冠葉を見上げる。
晶馬はこんな冠葉を見たことはなかったけれど、それでも、別に慌てたりはしないし、不思議だとも思わなかった。
なんとなく、冠葉の中にこういう側面があるということを、知っているような。
やはりぼんやりとした、霞がかかった頭で、ぼんやりと思考を巡らせる。
「……、冠葉」
名前を呼んでみる。
手を伸ばす。
相変わらず何も答えない兄の手を取ろうとして、冠葉の手が微かに震えていることに気づく。
「…………冠葉」
手を取ろうと伸ばす手は一瞬躊躇って、結局元の位置まで戻る。
どうすればいいのかわからなくなって、表情が見えない冠葉の顔を見上げ、困ったようにへらっと笑った。
2度目の衝撃が飛んできたのは、その後だった。
晶馬はやはり、受け身は取れない。
今度こそガラガラと大きな音を立てて倒れる鍋の音を聞きながら、陽毬がいなくてよかったな、と、相変わらずぼんやりと思う。
裸足のままで立つ板張りの床はとても冷たくて、晶馬は小さく、ふる、と震えた。
***
初めて晶馬を殴ったのがいつだったのか、冠葉も既に覚えていない。何年も前からのような気もするし、最近のような気もする。確実であることは、全て両親がいなくなってから、ということだ。
狂いそうな日常を必死で繋ぎ止めようとすることは、気が狂いそうになるようなことだった。
外の世界に助けや救いがないということは、冠葉も晶馬も陽毱もすぐに悟った。人を信じることも馬鹿らしいような状況で、罪を被った兄妹は、これからはたった3人で生きていかねばならないことを知る。理不尽を感じる暇もなかった。山のようにふりかかる様々な問題に、押し潰されないように生活するだけで精一杯だった。
そう、みんな精一杯だったのだ。
高倉家を続けていくことに。
不安や怒りや憤りは常に自分の中にあったけれど、それを口にすれば日常が壊れていくような恐怖感。
両親が居た頃とは明らかに変わってしまったということを、思い知らされてしまう。
拭い去れない違和感を無くそうとして、晶馬と陽毱に対して表面的な態度を取るようになったのはいつからだろうか。そして、そんな冠葉に呼応するようにして、晶馬も陽毬も、いつしか自分のことを話さなくなっていった。
3人が、高倉家を続けていく為に、ひとりになることを選んだのだ。
追い討ちをかけるように陽毱の病気が発覚し、高倉家はいっそう日常と切り離されていく。
比例するかのように、冠葉の中にぐちゃぐちゃの感情がいっそう積もっていった。それはおそらく晶馬も同じだっただろうけれど、それを気にかける余裕も無かった。
考えなくてはならない、いろいろなこと。
それは例えば、家のことだとか。
金のことだとか。
学校のこと。
陽毬のこと。
陽毬の病気のこと。
外のこと。
両親のこと。
陽毬のこと。
晶馬のこと。
陽毬のこと。
これからのこと。
陽毬のこと。
陽毬。
ひまり。
ひまり。
そうだ、きっと。
陽毬の命が消えていくと知った瞬間から、冠葉はもう後戻り出来なくなっていたのだ。
抑圧された感情は、深く大きくなるほど手に終えなくて、いつしかコントロールが出来なくなっていく。
初めて晶馬に手をあげたあの日。
わきあがる衝動を抑えようともしないまま、気づけば晶馬は畳の上に倒れていて、そして激しく咳き込んでいた。服が、どうしようもない程、乱れていた。
手をあげた理由はよくわからない。
それはきっと自分でも説明できないもので、そしておそらく、陽毬がいない家が耐えられなかったのだと思う。
右手が痛くて、目の前の光景が理解できなくて、自分がやったことがにわかに信じられなくて、全身が小刻みに震えた。
晶馬に近寄る。
力の限り抱きしめたくなって、けれど晶馬に触れてはいけない気がして、震える声で、しょうま、と呼んだ。
暗闇の静まりかえった部屋に、晶馬の咳き込む音と、風でカタカタと鳴る窓の音がやけに響く。
あにき。ぼくは、だいじょうぶだから。
返ってきた声は酷く掠れていて、殴られ押し倒され無理やり犯された人間が発するには、あまりに間が抜けた口調だった。
かんば、と呼びながらへらっと笑う晶馬はどこか虚ろで、いつもの弟とはどこか決定的に異なっていることに、冠葉は気づく。
それは恐ろしい光景だと思った。
狂いそうな日常を生きてきたのは自分だけではないのだ。晶馬だって、きっと。
かんば。
ぼくは、だいじょうぶだから。
ただ、なんだかとてもねむいんだ。
ごめん、もう、ねてしまいそう。
乱れた服も、血が滲む口元もそのままに、掠れた声がだんだん小さくなる。
冠葉は今度こそたまらなくなって、晶馬に駆け寄り、強く抱きしめた。
晶馬は少し驚いた顔をして、すぐに気を失うように、深い眠りに落ちていった。
その日から、冠葉の抑えられない衝動を晶馬に八つ当たりのようにぶつけることが、定期的に起きるようになった。
そういう時の晶馬はいつだって、冠葉の名前を呼びながら、困ったように笑っている。
例えば数時間前、台所で、深夜に帰宅した自分を咎めた弟を、何の前触れもなく殴ってしまったときのように。
いつものように、台所で倒れたまま気を失うように眠りについた晶馬を見やり、冠葉はそっと晶馬の頬に手をやった。
初めて手をかけてしまったあの時のへらっと笑う晶馬の顔が、今だって頭に焼きついて離れない。
あの日から冠葉はいつだって、晶馬の弱さに甘えていて、そして救われていたんだ。
晶馬を抱えて、布団に運ぶ。
こういう日は、必ず晶馬を抱きしめながら眠りにつく。
思えば初めて晶馬に手をあげたあの日も。
今日のように、肌寒い日の深夜の出来事だった。
***
初めて晶馬を殴ったのがいつだったのか、冠葉も既に覚えていない。何年も前からのような気もするし、最近のような気もする。確実であることは、全て両親がいなくなってから、ということだ。
狂いそうな日常を必死で繋ぎ止めようとすることは、気が狂いそうになるようなことだった。
外の世界に助けや救いがないということは、冠葉も晶馬も陽毱もすぐに悟った。人を信じることも馬鹿らしいような状況で、罪を被った兄妹は、これからはたった3人で生きていかねばならないことを知る。理不尽を感じる暇もなかった。山のようにふりかかる様々な問題に、押し潰されないように生活するだけで精一杯だった。
そう、みんな精一杯だったのだ。
高倉家を続けていくことに。
不安や怒りや憤りは常に自分の中にあったけれど、それを口にすれば日常が壊れていくような恐怖感。
両親が居た頃とは明らかに変わってしまったということを、思い知らされてしまう。
拭い去れない違和感を無くそうとして、晶馬と陽毱に対して表面的な態度を取るようになったのはいつからだろうか。そして、そんな冠葉に呼応するようにして、晶馬も陽毱も、いつしか自分のことを話さなくなっていった。
3人が、高倉家を続けていく為に、ひとりになることを選んだのだ。
追い討ちをかけるように陽毱の病気が発覚し、高倉家はいっそう日常と切り離されていく。
比例するかのように、冠葉の中にぐちゃぐちゃの感情がいっそう積もっていった。それはおそらく晶馬も同じだっただろうけれど、それを気にかける余裕も無かった。
考えなくてはならない、いろいろなこと。
それは例えば、家のことだとか。
金のことだとか。
学校のこと。
陽毱のこと。
陽毱の病気のこと。
外のこと。
両親のこと。
陽毱のこと。
晶馬のこと。
陽毱のこと。
これからのこと。
陽毱のこと。
陽毱。
ひまり。
ひまり。
そうだ、きっと。
陽毱の命が消えていくと知った瞬間から、冠葉はもう後戻り出来なくなっていたのだ。
抑圧された感情は、深く大きくなるほど手に終えなくて、いつしかコントロールが出来なくなっていく。
初めて晶馬に手をあげたあの日。
わきあがる衝動を抑えようともしないまま、気づけば晶馬は畳の上に倒れていて、そして激しく咳き込んでいた。服が、どうしようもない程、乱れていた。
手をあげた理由はよくわからない。
それはきっと自分でも説明できないもので、そしておそらく、陽毱がいない家が耐えられなかったのだと思う。
右手が痛くて、目の前の光景が理解できなくて、自分がやったことがにわかに信じられなくて、全身が小刻みに震えた。
晶馬に近寄る。
力の限り抱きしめたくなって、けれど晶馬に触れてはいけない気がして、震える声で、しょうま、と呼んだ。
暗闇の静まりかえった部屋に、晶馬の咳き込む音と、風でカタカタと鳴る窓の音がやけに響く。
あにき。ぼくは、だいじょうぶだから。
返ってきた声は酷く掠れていて、殴られ押し倒され無理やり犯された人間が発するには、あまりに間が抜けた口調だった。
かんば、と呼びながらへらっと笑う晶馬はどこか虚ろで、いつもの弟とはどこか決定的に異なっていることに、冠葉は気づく。
それは恐ろしい光景だと思った。
狂いそうな日常を生きてきたのは自分だけではないのだ。晶馬だって、きっと。
かんば。
ぼくは、だいじょうぶだから。
ただ、なんだかとてもねむいんだ。
ごめん、もう、ねてしまいそう。
乱れた服も、血が滲む口元もそのままに、掠れた声がだんだん小さくなる。
冠葉は今度こそたまらなくなって、晶馬に駆け寄り、強く抱きしめた。
晶馬は少し驚いた顔をして、すぐに気を失うように、深い眠りに落ちていった。
その日から、冠葉の抑えられない衝動を晶馬に八つ当たりのようにぶつけることが、定期的に起きるようになった。
そういう時の晶馬はいつだって、冠葉の名前を呼びながら、困ったように笑っている。
例えば数時間前、台所で、深夜に帰宅した自分を咎めた弟を、何の前触れもなく殴ってしまったときのように。
いつものように、台所で倒れたまま気を失うように眠りについた晶馬を見やり、冠葉はそっと晶馬の頬に手をやった。
初めて手をかけてしまったあの時のへらっと笑う晶馬の顔が、今だって頭に焼きついて離れない。
あの日から冠葉はいつだって、晶馬の弱さに甘えていて、そして救われていたんだ。
晶馬を抱えて、布団に運ぶ。
こういう日は、必ず晶馬を抱きしめながら眠りにつく。
思えば初めて晶馬に手をあげたあの日も。
今日のように、肌寒い日の深夜の出来事だった。
「兄貴!兄貴ー‼そろそろ本当に起きて!」
騒がしい怒鳴り声と、おそらくわざと大きな音を立てている鍋とコンロが掠れる音で、冠葉は薄く目を開けた。窓か ら朝日が差し込んでいて、とても眩しい。
台所を見ると、晶馬が朝食と弁当作りに励んでいる。
いつも通りの、過不足のない朝だった。
「起きた。おはよう」
大抵起きる時間が一番遅い冠葉は、布団を片付けて変わりにちゃぶ台を設置する役目を持っている。まだぼうっとする頭を無理やり起こし、手早くちゃぶ台をひっくり返すと、居間の中央に押しやった。
「おはよう。ていうか兄貴、昨日いつ帰ってきたんだよ」
炊きたてのご飯と、味噌汁の香りが高倉家に漂う。晶馬は手際よくさっさと盛り付けしてしまうと、出来たての朝食をちゃぶ台に運びながら、不満そうな表情で冠葉に尋ねる。
「さあ。日付けが変わったくらいかな」
「あーあ、いい加減にしないと、兄貴いつか本当に刺されるよ」
晶馬が横目で睨んでくるのをかわしながら、冠葉は味噌汁を啜る。
それは怖いくらいにいつも通りの朝で、いつも通りの晶馬だった。
晶馬はいつも、冠葉に殴られたことも犯されたことも、深い眠りから覚めた後は綺麗さっぱり記憶から無くなっていた。冠葉もそのことに、何も触れることはない。
そうやって、高倉家はまた、過不足のない一日を始めていく。
弁当を詰め終えた晶馬が、ちゃぶ台を囲む際の自分の定位置について、朝食を取り始める。ちらりと横顔を覗くと、頬は赤く腫れ上がっていた。
「晶馬……顔。腫れてる」
それとなく、尋ねてみる。
「うん、朝起きたら腫れてた。また机の角にでもぶつけたのかなぁ」
何ともないような顔をして、味噌汁を啜る。口内の傷に染みたのか、一瞬だけ顔をしかめた。
朝起きたら体中に傷が増えていることを疑問に思わないことは、きっと普通ではないのだろう。それでも冠葉はそんな晶馬に、今までずっと、甘えてきたのだ。
「顔、後でガーゼ貼ってやるから」
そう言うと、晶馬は味噌汁と格闘しながら、小さくこく、と頷いた。
こうしていつも、全てが何事も無かったかのように過ぎ去っていく。
冠葉にとっても、そしておそらく晶馬にとっても、狂いそうな日常を生き抜くためにそれは必要なことなのだ。
「晶馬。お前、俺よりもずっと狂ってるよ」
小さく呟いた声は晶馬にも届いたらしい。はぁ?何それ意味わかんねーと抗議する声を背後に、冠葉は立ち上がって私服に着替える。今日は晶馬は学校へ、冠葉は休んで陽毱の病院へ行く予定だった。
きっと今日は、何事もなかったように、いつも通りの自分で、陽毱と会うことができる。
高倉家を続けるために、冠葉は金策面や外の汚い仕事を請け負い、晶馬は冠葉の内面の感情を請け負い、消去する。
こうして、高倉家は今日もきちんと機能してゆく。
だから、高倉家を続けるためには、誰ひとりとして欠けることは許されない。
未来なんて考えられないような状況で、3人は、こうやって生きていくしかなかったんだ。
騒がしい怒鳴り声と、おそらくわざと大きな音を立てている鍋とコンロが掠れる音で、冠葉は薄く目を開けた。窓か ら朝日が差し込んでいて、とても眩しい。
台所を見ると、晶馬が朝食と弁当作りに励んでいる。
いつも通りの、過不足のない朝だった。
「起きた。おはよう」
大抵起きる時間が一番遅い冠葉は、布団を片付けて変わりにちゃぶ台を設置する役目を持っている。まだぼうっとする頭を無理やり起こし、手早くちゃぶ台をひっくり返すと、居間の中央に押しやった。
「おはよう。ていうか兄貴、昨日いつ帰ってきたんだよ」
炊きたてのご飯と、味噌汁の香りが高倉家に漂う。晶馬は手際よくさっさと盛り付けしてしまうと、出来たての朝食をちゃぶ台に運びながら、不満そうな表情で冠葉に尋ねる。
「さあ。日付けが変わったくらいかな」
「あーあ、いい加減にしないと、兄貴いつか本当に刺されるよ」
晶馬が横目で睨んでくるのをかわしながら、冠葉は味噌汁を啜る。
それは怖いくらいにいつも通りの朝で、いつも通りの晶馬だった。
晶馬はいつも、冠葉に殴られたことも犯されたことも、深い眠りから覚めた後は綺麗さっぱり記憶から無くなっていた。冠葉もそのことに、何も触れることはない。
そうやって、高倉家はまた、過不足のない一日を始めていく。
弁当を詰め終えた晶馬が、ちゃぶ台を囲む際の自分の定位置について、朝食を取り始める。ちらりと横顔を覗くと、頬は赤く腫れ上がっていた。
「晶馬……顔。腫れてる」
それとなく、尋ねてみる。
「うん、朝起きたら腫れてた。また机の角にでもぶつけたのかなぁ」
何ともないような顔をして、味噌汁を啜る。口内の傷に染みたのか、一瞬だけ顔をしかめた。
朝起きたら体中に傷が増えていることを疑問に思わないことは、きっと普通ではないのだろう。それでも冠葉はそんな晶馬に、今までずっと、甘えてきたのだ。
「顔、後でガーゼ貼ってやるから」
そう言うと、晶馬は味噌汁と格闘しながら、小さくこく、と頷いた。
こうしていつも、全てが何事も無かったかのように過ぎ去っていく。
冠葉にとっても、そしておそらく晶馬にとっても、狂いそうな日常を生き抜くためにそれは必要なことなのだ。
「晶馬。お前、俺よりもずっと狂ってるよ」
小さく呟いた声は晶馬にも届いたらしい。はぁ?何それ意味わかんねーと抗議する声を背後に、冠葉は立ち上がって私服に着替える。今日は晶馬は学校へ、冠葉は休んで陽毱の病院へ行く予定だった。
きっと今日は、何事もなかったように、いつも通りの自分で、陽毱と会うことができる。
高倉家を続けるために、冠葉は金策面や外の汚い仕事を請け負い、晶馬は冠葉の内面の感情を請け負い、消去する。
こうして、高倉家は今日もきちんと機能してゆく。
だから、高倉家を続けるためには、誰ひとりとして欠けることは許されない。
未来なんて考えられないような状況で、3人は、こうやって生きていくしかなかったんだ。
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