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輪るピングドラムの二次創作テキストブログ。 冠晶中心に晶馬総受け。
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2012/01/16 (Mon)                  カウントダウン1
病気晶ちゃんの続きです。長いので小分けにして載せてみます。
とりあえず1つめ。続きからどうぞ!

 消灯のお時間です、という見廻りの看護師の声と共に、晶馬の病室もあっさりと灯りが消されて、途端に薄暗い中に放り出された。晶馬は慣れた手つきで、もう見ないでもわかる位置にある、まくら灯のスイッチをパチリと付けた。まくら灯のぼんやりとした灯りや、付けっぱなしにしていたテレビのチカチカと光る画面、ナースコールの暗闇でもわかるようにと黄色に光るボタン、部屋の入り口に薄く光る緑色の非常口の灯りが、奇妙なコントラストを描いていて不気味な空間を作る。生活感とは程遠いようなその空間も、慣れてしまえば強いもので、もう晶馬にとっては日常の中の一つになっていた。
 増え続ける薬の副作用のせいか、それとも単純に病気のせいなのか、一週間前に冠葉と陽毬がお見舞いに来た日以降も、晶馬の食欲は一向に戻ることは無かった。無理して口に含んでも、すぐに吐き気に襲われてしまう。そうしてとうとう点滴をうけるはめになり、晶馬の左手はこれまでのようには自由に動かせなくなっていた。少しでも身動きが取れやすいように、という看護師の気遣いによって左手の甲に繋げられたままの管からは、ポタポタと止まることなく、液体が晶馬の体へと入っていく。大きなパックに詰められた液体は半分くらい無くなっていたけれど、全部無くなってしまっても、すぐに新しいものが付け替えられるのだろう。左手から伸びた管は、晶馬に、もうここでしか生きることは出来ないのだと、見せつけられているようだった。

 十時の消灯は、普通の高校生が眠りにつくにしては随分と早い時間なのだけれど、晶馬はもうそのことにも慣れてしまっていたから、いつもならすぐに寝てしまうようにしている。しかし今日は、日中にたくさん寝てしまったからか、もしくはさっきから止まることのない咳のせいなのか、一向に眠気が訪れる気配は無かった。
 真夏といえども、病院の中は空調がしっかりと整っていて、冷房が苦手な晶馬にとっては少し肌寒いくらいである。布団に深く潜り込んで、眠くなるまで読みかけの文庫本を読んでしまおうかとベッドの隣の小棚に手を伸ばしたところで、左手に刺さったままの管が目に入り、やめた。動かせない訳ではないけれど、手の甲に針を刺したまま本を捲ることは、少し面倒なような気がした。点滴が付けられた初日に、気にしないで手を動かしていたら液が漏れて、手が腫れてしまったのだ。また看護師を呼んで針を刺し直してもらうのも迷惑をかけるし、晶馬も億劫である。
 だんだんと己の自由が無くなっていく感覚を実感して、晶馬は小さくため息を吐くと、枕に頭を埋めてしまった。それも全て、何もかも自分のせいなのだから、文句は言えないのだけれど。

 結局何もやることがなくなって、付けっぱなしのままだったテレビをぼんやりと眺める。いつの間にかドラマは終わっていたようで、ニュース番組では国内で起こった殺人事件やら、海外の経済のニュースやらを事細かに説明していた。けれど晶馬にとっては、今世界がどういう状況なのかも、コメンテーターの毒にも薬にもならない言葉も、明日も猛暑日で最高気温を更新しそうなことも、全てが自分とは関係のないことなのだと感じていた。
 病院の外で何が起こっていようが、結局ここから出ることは出来ないのだから、どうだっていいのだ。ただ、明日も外はとても暑いのならば、冷房があまり効かないあの家で過ごしている冠葉と陽毬は、大変なのかもしれないな、と思った。
 もう長いこと帰っていない懐かしいあの家は、今どういう状況なのだろうか。陽毬に任せっきりになってしまっている家事が、苦痛にはなっていないだろうか。家を出てから、もうどのくらいたったのだろう。何年もここにいるような気がするけれど、実際にはまだ数ヶ月ぐらいしかたっていない。時間の感覚も、だんだんとわからなくなってくる。
 ケホケホと、相変わらず止まらない咳に顔をしかめながら、晶馬は冠葉と陽毬のことを考えていた。
 入院してからの二人の生活を、晶馬は何も知らない。陽毬からちょくちょくどういう状況なのかを教えてもらっていたけれど、結局は全部想像でしかわからないから、知らないのと同じだ。
 この時間はまだ、部屋の電気はついているのだろうか。二人でテレビでも見ているのだろうか。唯一の自分の居場所であったあの家がとても懐かしくて愛しくてたまらないのに、冠葉と陽毬の二人で生活していることを考えるだけで、途端に胸が苦しくなる。もしかしたら、もうあの場所には、自分の存在なんていらないのかもしれない。二人でだって、きっと不自由なく暮らしていけるのだろう。家から出たいと思ったのも、一人になりたいと願ったのも自分なのだから、これは至極当然の結果なのだけれど。
 
 急に息苦しくなってきて、咽せる体を支えるように晶馬は体を起こした。ここのところずっと、夜になると咳が止まらない。最近は昼には冠葉か陽毬が交互に毎日来ていて、その時には何ともないのに、二人が帰ったら急に体調が悪化する。ケホケホと喉の奥が悲鳴をあげて、ぎゅうと肺が縛り付けられるような苦しさにどうにか耐えようと、起こした体を小さく丸めて、両手で口を覆った。
 晶馬の頭の中を埋め尽くしているのは、いつだって冠葉のことだった。たったの一度だけでも、もしも冠葉が自分のことを見てくれる日がくるのなら、それだけで人生は幸せだったのだとさえ思っていた。赤味をおびた短い髪も、緑色をした鋭い目線も、毎日会うことが出来ない今だって、鮮明に思い出すことが出来る。
 けれどもそういったもの全ては、今までだってこれからだって、晶馬に向けられることは決してないのだと、残酷な事実が晶馬の未来を根こそぎに奪っていくのだ。
 いっそのこと、早く消えてしまった方が、みんな、幸せになれるのではないか。入院費だって、きっとバカにならない金額なのだ。その上、自分の冠葉を思うこの感情が、二人の幸せを奪ってしまうかもしれないというのに。冠葉と陽毬が幸せに暮らして行けるのなら、自分なんて犠牲になったって構わないではないか。

 肺がキリキリと締めつけられて、上手く息が出来ない。息をするたびにむせ返って、喉はいっそう悲鳴をあげる。ひゅうっと音を立てて吸い込もうとする空気は、けれどもちゃんと体に入ってくることはなく、ただ、毒のように晶馬の体を駆け巡って、全身がピリピリと痺れていく。

 ごほっと一つ、大きな咳をした。全身に回った毒を吐き出すように、胸に溜まった塊りが這い上がってくる。口に手を当てていたままの両の手のひらから、何かべとりとした感触を感じた。締めつけられるような気持ち悪さは消えることはなく、ゲホゲホとむせ返るたびに、晶馬の手のひらが、赤く、赤く、染まっていく。
 両手の隙間からこぼれ落ちるように、ポタポタと赤くどろりとした液体が溢れだして、白いシーツに点々と染みを作る。ぽつぽつと落ちた複数の点は、何もかもを奪ってしまおうとでも言うように、真っ赤な染みをだんだんと広げて染まっていく。まるで現実も未来も塗りつぶして、晶馬の全てを消し去ってしまうかのように、それはどす黒いような赤色だった。







 晶馬が居なくなってからというもの、高倉家で生活することはとても大変なこととなった。もう大分慣れたけれども、家の家事は殆ど全てを晶馬が受け持っていたから、それをこなそうとするだけで一苦労だったのだ。冠葉と陽毬の二人で分担して家事の役割を決めたけれど、どうしても家にいる時間が少ない冠葉より、陽毬の方にその比重が偏ってしまう。それを陽毬は何も文句を言うこともなく、毎日きちんと家事をこなしていた。「晶ちゃんはやっぱりすごいね」と言いながらも、陽毬だってもう晶馬に負けないくらいに、家事の能力をめきめきとあげているのだ。

 けれどもどうしても、ぽっかりと家の中に大きな穴が空いてしまってからは、この家は昔のようにちゃんと機能してはくれなくなった。陽毬の作るご飯はとても美味しいけれど、例えば高倉家では必ず出てくる朝の味噌汁の味だって、晶馬の作るものとは微妙に異なるのだ。「晶ちゃんの作るお味噌汁の方が美味しいね」と言って寂しそうに笑う陽毬に、冠葉は「そんなことはない」と返事をしながらも、あの味を懐かしく感じていることは事実だった。壁に掛けられている高校の制服も、今は一着だけになっている。日が経つにつれ、この家から、晶馬の気配がだんだんと薄くなってしまう。



 慣れた手つきで食器を洗い終えた陽毬が、居間へと戻ってくると、ふう、と一息ついてソファに腰かけた。さっきからちっとも見てはいないけれど、惰性のまま付けっぱなしにしていたテレビは、いつの間にかニュース番組は終わったらしく、深夜のバラエティ番組を流していた。テレビから聞こえる大きな声が、蒸し暑い畳張りの部屋の中に、ざわざわと響き渡る。
「晶ちゃん、やっぱり昨日もずっと咳が止まらなかったって、看護師さんが言ってた」
 ぼんやりとテレビを眺めながら、陽毬が呟いた。今日は、陽毬が一人で晶馬の病院へ行ってきたのだ。おそらく冠葉と同じように、テレビの内容なんて少しも頭に入っていないのだろう。響く笑い声とは対照的な、無表情な陽毬の横顔が冠葉の目に入る。晶馬が居なくなってからというもの、陽毬はあまり、笑わなくなってしまった。
「そうか」
「うん、晶ちゃん大丈夫かな。私がいたときは、元気そうだったけど」
「昨日俺が行ったときも、元気そうだったけどな」
 陽毬の瞳が、ゆらゆらと揺れる。あの宣告を受けた日から、冠葉も陽毬も、いつ来るのかわからない恐怖に耐えながら生活しているのだ。
 どんな手を使ってでも生き延びさせてみせる、と決意してから、冠葉は必死に、それはもう死に物狂いで、何とか晶馬の命を延ばす手段はないものかと探し回っていた。けれども実際、何とか手にいれた手がかりも、信用に値するのかは判断しかねるものだった。それでも、他にどうすればいいのかなんて、さっぱりとわからないのだ。時間だけが過ぎてゆき、刻一刻と迫るタイムリミットに、焦燥感だけが募っていく。迷っている暇なんて、わずかにだってないというのに。

「明日は、俺が病院行くから」
「うん、お願い。晶ちゃんの着替えも持っていってあげて」
「ああ、わかった」
「じゃあ、明日も早いし、もう寝ようかな」
 うん、と伸びをして、陽毬がソファから立ち上がった。陽毬は明日は学校へ行く日であったし、その前に朝食や弁当を作ったり、洗濯をしなければならない。
「おやすみ、俺ももう寝るよ」
「うん、おやすみ」
 そうして、ちゃぶ台をひっくり返してしまおうと体を動かした瞬間に、普段は滅多に鳴らない、家に繋いである電話が大きな音で鳴り響いた。洗面所代わりでもある台所へと向かっていた陽毬が、ピタリと足を止めて、こちらを振り返る。
「なんだろ、こんな時間に電話って…」
 冠葉は返事をする代わりに、ごく、と唾を呑み込んだ。不安気な陽毬の視線が、ゆらゆらと揺れて辺りを彷徨う。嫌な予感が、一瞬にして全身を駆け巡った。冠葉と陽毬を脅かす、ずっとこの家にまとわりついて離れることのない死の気配が、頭を掠める。
 ためらいを断ち切るように、陽毬が唇をぎゅっと閉じたまま顔をあげると、「私が出るね」と言って、おそるおそる受話器を取った。

「はい、高倉です。……え、晶ちゃんが?!…はい……はい、……それで、今は?……はい、わかりました」
 震えている、陽毬の受話器に向かって話す一声一声が、冠葉に次々と深く突き刺さるかのようだった。テレビから聞こえる大きな声が、家中に鳴り響いて蔓延していく。耳をつんざくようなけたたましさで、沢山の人の笑い声は、だんだんと冠葉の頭に直接響いてきて、とても、うるさい。
 ありがとうございます、と言って、ガチャリと受話器を置いた陽毬は、冠葉のことを振り返らないまま、声を振り絞るように、ボソリと呟いた。
「晶ちゃんが、血、吐いたって。発作みたいになって、さっきは、ちょっと、危なかったって。今は、落ち着いた、みたいだけど」
 震える声を誤魔化すかのように、陽毬は細かく息を吸い込みながら、電話の内容を復唱した。冠葉の頭に響く笑い声は、いつの間にか耳鳴りに変わっていて、陽毬の声も最後まで上手く聞き取ることが出来なかった。蒸し暑い部屋の中だというのに、まるで寒空の下にでもいるかのように、体が小さく震えている。

 もう、一刻の猶予もない。
 とうとう、カウントダウンが、始まったのだ。

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