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輪るピングドラムの二次創作テキストブログ。 冠晶中心に晶馬総受け。
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2012/01/16 (Mon)                  カウントダウン4
病気晶ちゃん、4つめ。
途中がうっかりと眞晶ちっくなので、苦手な方はお気を付けくださいねー。

 晶馬はベッドに横になったまま、ぼおっと窓の外を眺めていた。主治医が変わって、薄い赤色をした液体の、どこか不気味な薬の投与が始まって、今日でもう二週間が過ぎていた。一日に三回、きっちり決まった時間に、注射器によって投与される。それを打ちに来る以外は、主治医は晶馬の元に訪れることは無く、さらにそれ以外の治療を行うことも無かった。けれど、その薬を投与し始めてから、みるみるうちに体調はよくなっているようだった。あれ以降、血を吐くことはもちろん、咳すらも嘘のようにピタリと止まったのだ。ただ、食欲だけはまだ元には戻っていないようで、左手の点滴は繋がれたままだった。

 ここの所、晶馬はぼおっとすることが多くなっていた。以前は一人で居ると、家のことだとか、冠葉のことだとか、色々なことが頭に浮かんで仕方なかったのだけれど、今はそういうことも無くなっていた。
 主治医が変わってからというもの、冠葉があまり病院に来なくなったことや、来ても疲れた表情をしていることを、晶馬は気づいていないわけではない。けれど、そういったことさえも、上手く考えることが出来ないのだ。頭の中に霞がかかったようで、考えようとする度に、晶馬の思考はことごとく邪魔される。
 そして最近は、特にそれが酷くなってきていた。昨日は冠葉と陽毬のどちらがお見舞いに来てくれたのかも、一日経つとうろ覚えになってしまう。冠葉のことも、前はよく思い出していたはずなのに、どうしてそんなに冠葉のことを考えていたのかすらも、よく思い出せない。とにかく、何もわからないし、考えたくもなかった。

「やあ、体調はどうかな?」
 ふいに病室の扉が開いて、晶馬の主治医である眞悧が部屋に入ってきた。見慣れた、赤い色をしたアンプルを手にしているのが見える。どれだけぼおっとしていたのだろうか。ついさっき朝の薬を打ったはずだったのに、いつの間にか、次の薬の時間になっていたようだ。
「もう、そんな時間ですか?」
「そうだよ。……なんだ、まだご飯食べられないのかい?」
 備え付けの小棚の上に、手つかずのまま放置してある昼食を見て、眞悧はやれやれ、というように、大仰に両手を広げた。
「おかしいね、体調はもういいはずなのに」
「……そうですか」
 晶馬は何故か、はっきりとした理由はわからなかったけれど、どうしてもこの先生のことが好きにはなれなかった。もちろん病気がいい状態へ向かっていることは、この先生のおかげだとわかっている。けれどもどうしてか、眞悧と一緒にいると、胸がざわついて仕方がないのだ。
 手際よく、慣れた手つきでアンプルが注射器に入れられ、晶馬の腕に針が刺さる。毎度のことながら、痛みは全く感じなかった。眞悧の顔をなるべく見ていたくなくて、晶馬は無表情で、ぼおっと自分に針を刺す手を見つめていた。
 この薬が体に入った直後は、いつも言いようのない気持ち悪さに襲われる。ぞわぞわと体の中を何かが這い回っているようで、そのまま大切な物を掻き消されてしまいそうな感覚に陥るのだ。この感覚は、晶馬が勝手にそう感じているだけであって、実際はそういうことは無いのかもしれない。けれど薬を打った後は、ことさらに頭がぼおっとしていることは、事実だった。

「知っているかい?食べたくないってことは、生きていたくないってことなんだよ」
 ぼんやりとしてきた思考を遮るように、唐突に頭上から声がかかった。晶馬はおもわず、無意識のうちに、ぎゅ、と唇を固く結んだ。そうだ、この医者は、晶馬が一番触れて欲しくないことを、いつもさらりと口にするのだ。そんなことを、いまさら晶馬に尋ねたところで、一体何になると言うのだろう。
「君は本当によくなりたいの?生き延びたいの?」
 ふいに眞悧の手が伸びてきて、晶馬の顔に当てると、くい、と上を向かせた。質問から逃れることは出来ないとばかりに、目を逸らしてはくれないようだった。晶馬は無表情のままで、眞悧を見上げる。抑えたつもりだったけれど、固く結んだ唇が、少しだけ震えてしまった。
「君は、どうしたいんだい?」
「……わからない」
 晶馬は何も、考えたくなかった。軽々しく触れて欲しくもなかった。その間にも、刺された針からだんだんと薬が入ってきていて、頭がまた、ぼんやりとしてくる。何もわからない、考えられない。晶馬の思考が、あのぞわぞわとした感覚と共に、緩々と停止する。

「……わからない。わからないんだ、何も」
「シビレるねぇ」
 ぼんやりとしている頭に、いつもの眞悧の言葉が妙に響いた。このまま何も考えられなくなって、わからなくなってしまえたら。自分の中から、何か大切なものが、ポロポロと欠けていくようだった。けれども晶馬は、それに抗う術を、持ってはいないのだ。





 晶馬への薬の投与が始まってから、冠葉は定期的に、例の妙に豪華な作りをしている診察室へと訪れていた。
 眞悧が言う薬の代償とは別に、薬代を払う必要があったし、それに晶馬の状態を聞いておきたかったのだ。決して安くはない、という眞悧の言葉通り、その薬を使い始めてから、入院費はこれまでに見たことがない額へと跳ね上がっていた。しかしそれは全く手が出せないという訳ではなく、けれど多少の無理をしないと払えないような金額であった。
 冠葉がバイトを増やせば払えてしまう額であったから、それくらいで晶馬の病気が治るのなら、容易い物だと思えた。そのために寝る間を惜しむことなど、冠葉にはたいしたことでは無いのだ。それよりも気になるのは、もう一つの代償の方だった。

「ずいぶんと疲れた顔をしているね。弟くんより顔色が悪いんじゃない?」
 病院で使うにしては似つかわしくないくらい立派なデスクを前にして、それと同じデザインの椅子に腰掛けた眞悧が、冠葉を見て開口一番そう言った。けれど冠葉は、そういう自分をからかうようなやり取りに、時間を取られるつもりは毛頭無かった。
「それより、用件は」
「なんだ、少しは世間話を楽しむ余裕があってもいいだろう?」
 眞悧は呆れたように、はあっと大仰に溜め息を吐いて、天を仰いだ。けれども、そんな冠葉の反応もわかりきっていることだったのか、冠葉が返事をする気がないとわかると、諦めたように、眞悧は再び口を開く。
「クスリ、もっと増やそうと思うんだ」
 冠葉のことを見ないまま、面倒くさそうに、どこかのんびりとした口調で眞悧は告げた。冠葉の眉根が、無意識のうちに寄せられる。
「増やす?よくなってるんじゃなかったのかよ」
「そうなんだけどね。あと、もうちょっとなんだ。そうすれば、完全によくなるかもしれない。ただその代わりに、副作用ももっと起こるかもしれないけどね」
 副作用。それは最近、冠葉と陽毬を悩ませている言葉であった。ここの所、晶馬は目に見えてぼおっとしている時間が増えていた。呼びかけても返事が返ってこないことも多々あるし、下手をすれば冠葉と陽毬が見舞いに来ても反応しないこともあった。そしてそれは、薬を投与した後に顕著に現れる。しばらく時間が立てば、元の晶馬に戻ることが多いのだけれど、冠葉と陽毬を不安にさせるには十分だった。特に陽毬は、そんな晶馬の姿を見る度に、泣きそうになるのを懸命に堪えて、晶馬にしがみついている。陽毬の辛そうな表情は、いつも冠葉の心をざわつかせるのだ。
「どうする、やめる?それとも増やす?」
 そう言って、眞悧が冠葉の視線を捉えた。こちらに重大な決断を迫るときでも、いつも余裕そうな態度を崩さない。そうだ、きっと冠葉がこの申し出を断れないことなど、わかりきっているのだ、この男は。
「増やしてもらって、構わない」
「シビレるねぇ」
 せめて少しだけでも優位に立ちたくて、冠葉は眞悧から少しも目を逸らさずに、睨みつけるようにして告げた。けれどもそれに動揺することもなく、眞悧は満足そうに唇の端を吊り上げる。診察室の端に置かれている籠の中で、黒いうさぎがぴょこぴょこと耳をはためかせているのが、視界の端に写った。

「けれど、弟くんはそれでいいのかな。クスリが増えることを、望んでいるのだろうか」
 視線は交わったまま告げられた言葉に、冠葉は、心がざわついていくのを感じた。それは、聞きたくもないし、知りたくもないことだった。晶馬が本当は何を考えているのかなんて、そんなものは、関係ない。病気が治って、また高倉家で三人で過ごせたら、それでいいのだ。
「…何のことだ」
「さあ、何のことかは君だってもうわかっているはずだろう」
 どくん、どくんと、心臓の音が鼓膜にまで響いてくるかのようだった。
 冠葉は、わかっている。わかっているのだ。晶馬が本当は、もう家に戻りたくないと思っていることも、生きていたくないと思っていることも。少しずつ、冠葉と陽毬から距離を取ろうとしていることだって、全部、わかっているのだ。
「可哀想だね。そうやって、いつまでも君たちに縛られ続けるんだ」
「……君たち?」
「そう、君たちだよ。君の妹だって同罪だ」
 眞悧の言葉の一つ一つが、冠葉を締め付けていくようで、呼吸がうまく出来なかった。
 それの、何が悪いのだ。家族の幸せを願うことの、また三人で暮らしたいと思うことの、一体何が。そうしないと、陽毬も冠葉も、生きていけないのだというのに。
「お前には、関係ないだろ。いいからクスリ、もっとくれよ」
 喘ぐ胸を抑えながら、それでも冠葉は眞悧から目を逸らすことなく、言い放った。ただ喋っているだけだというのに、まるで全速力で走った後のように、息があがっていた。
「そうか、わかったよ」
 けれども眞悧は、満足そうに唇の端を持ち上げて、冠葉から目を逸らした。そうして、おもむろに立ち上がる。
 眞悧につられるかのように、二匹のうさぎが、ぴょこんと籠の中から飛び出してくるのが見えた。二匹のうさぎは、それは漆黒の闇のように真っ黒で、冠葉の目前を飛び跳ねる。それは何色にも染まらないほどの絶望の色にも見えて、冠葉は妙に、そのうさぎの姿が目に焼き付いた。
 そして眞悧は、もうこちらを振り返ることもなく、デスクに体を向けたまま、けれどもはっきりと、呟いた。

「それじゃあ、代償を貰おうか」

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