輪るピングドラムの二次創作テキストブログ。
冠晶中心に晶馬総受け。
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新刊無事に出せそうです~!!^^
〆切5分前になんとか入稿するという終始大慌てな状況でした。
というわけで、以下詳細になります。
【World's end】
■A5/50p/R18/¥500
■シリアス、パロ
■冠晶、少しだけ晶←陽、眞晶風味
となっています。ダヨネ先生と、あと剣山パパ千江美ママも地味に出張っていますw
「考えること」の一切をやめてしまうという謎の病気が蔓延している世界での、高倉家のお話です。
浅.野.い.に.お先生の、「素.晴.ら.し.い.世.界」の設定を(勝手に)お借りしました。
ハッピーエンドとは言い難く、後味の悪い終わり方だと感じる方もいらっしゃると思います、苦手な方はご注意ください!><
つづきからサンプル載せてみますね~!
スペースは、東2ノ36a「Dr.HARU+volupte」です。夢野さんと合同での参加となります。
イベント終了後に、自家通販を行う予定です!
ところで今回は自分で表紙作ったのですが、お見せするのが本当に恥ずかしくてです、ね…!
私には画像の扱いは到底無理でした!センスが来い…!(;O;)
ちなみに背景写真は、実際に荻窪で撮った写真だったりします。高倉家の庭のオブジェクトがある所の、すぐ近くの川沿いです^^
そして、冠葉×晶馬アンソロジー「冠晶戦略、しましょうか」に小説一本寄稿させて頂きました~!
こちらも、同日のピンドラプチオンリーで発行されますので、ぜひぜひよろしくお願いします^^^^
ではでは続きからサンプルですっっ
~中略~
陽毬の手を丁寧に引きながら、晶馬は再び、あの日三人で通った同じ道を歩いていた。まだ三月のはじめであるためか、あの日のように満開の桜は無く、小さな蕾が見えるだけであった。肌寒さが続いているから、開花までにはまだ時間がかかるだろう。
「陽毬、この道覚えてる?」
陽毬の顔を覗きこみながら、晶馬はそう問いかけた。陽毬からの返事はない。
手を繋いでいる方と反対の晶馬の手には、あの日と同じように、たくさんの品物が詰められたスーパーの袋が三つも持たれている。それはあの日に抱えていた物とは比べ物にならないくらい、ずっしりと重かった。
「桜、まだ咲いてないね」
晶馬はもう一度、ゆっくりと陽毬に声をかけた。やはり一言も返さない陽毬に、晶馬は一瞬だけ苦しそうな顔をする。けれどもすぐに消し去ってしまって、無表情で促されるままに歩いている陽毬に、柔らかく笑いかけた。そうして立ち止まっていた足を動かして、再びゆっくりと歩き始める。
陽毬が転ばないように慎重に歩いているから、スーパーへ買い物に行くだけでも、普段より倍近く時間がかかってしまう。早く家へ向かわなければ、もうすでに陽が傾きかけていた。
正体不明の病気が流行りだしたのも、今から一年くらい前のことだった。三人で遊びに出かけた日あたりから、テレビで取り上げられるようになったと思う。
それは、心が切り離されたように、何も考えなくなる病気だった。時が止まって、ゼンマイ仕掛けの人形のように、ただ存在するだけになってしまうもの。
治療法も予防法も、まだわかっていない。それにかかると一生、治ることはない。
徐々にニュース番組で取り上げられるようになったその病は、ある日を境に爆発的に蔓延していき、あっという間に世界を飲み込んでしまった。感染者は増える一方で、今では町中に溢れかえっている。
陽毬も、その感染者のうちの一人だった。陽毬がそれにかかったのは、病気の存在が世間に知れ渡るようになってから、半年後くらいのことだ。いつも輝くような笑顔を見せていた妹は、徐々に表情を無くしていき、とうとう冠葉と晶馬の問いかけにも答えなくなってしまった。
それは、連日のように報道されるニュースで、ようやく異常事態だと認識した国が、重い腰をあげて対策に乗り出した直後のことだった。
陽毬の時間は、そのときからぴたりと止まってしまっている。話しかけても何も喋らないし、微笑むこともない。冠葉と晶馬がケンカをしても止めに入ることもないし、悲しくて泣いたりもしない。晶馬はもう何ヶ月も、陽毬の声を聞いていなかった。
「ただいま」
カラカラと重い扉を引いて、狭くて古ぼけた家へと帰り着いた。片手で持っていたスーパーの袋三つ分をどさりと床に置くと、ようやく重みから解放されてほっと一息つく。袋の持ち手でせき止められていた血が流れ出して、手のひらがじんわりと温かくなった。
「ふう、重かった。陽毬、靴ぬげる?」
陽毬は何も喋らないし表情も変えないけれど、促せば身の回りのことは自分で出来る。晶馬の声を合図に陽毬はゆっくりと靴を脱いで、家へと入った。陽毬を注意深く見守りながら、晶馬もその後へ続く。
「早くご飯作らなきゃ、兄貴が帰ってきちゃうね」
すでにすっかりと薄暗くなっていて、家の中には赤い夕日が差し込んでいた。陽毬を居間へと連れてくると、昔から陽毬の定位置であった赤いソファの上に、ゆっくりと座らせた。ついでにリモコンに手を伸ばして、テレビをつける。
これから夕飯の用意をするために、台所へ行かなければならない。陽毬はテレビなど見ていないのだろうけれど、音のない部屋に陽毬を一人で放っておくのは気が引けるのだ。
テレビではちょうど、ニュース番組が始まった所のようだった。トップニュースは相変わらず、例の感染病のことである。感染者はいまだ増加の一方であること、治療法の確立を急いでいること、国が持ち出した対策のこと。すでに何度も放送されていることが繰り返されて、目新しいニュースは何もないことを確認すると、晶馬はテレビから目を離して、台所へと向かった。
そういえば、司会者が変わっていたような気がする。ここ最近、このニュース番組の司会者もよく変わるのだ。それが意味することは、おそらく一つしかないのだろう。
感染者は今日も、順調に増えているのだ。
「陽毬、ちょっと待っててね。今日は唐揚げを作るから」
そう言うと晶馬は手慣れた手つきでエプロンをつけ、先ほどのスーパーの袋からごそごそと食材を取り出した。今日は珍しく、鶏肉が安くなっていたのだ。
最近ではもっぱら物価が上昇していて、お肉などめったに買えなくなってきている。そのため、いつもはあまりお肉を使った料理はしないのだ。高倉家でも、唐揚げを揚げるのは久々だった。そこに、春キャベツの炒め物とお味噌汁、炊き立ての白ご飯がつけば完璧だ。
高倉家では、料理を含めた家事全般は、全て晶馬の仕事となっている。それは陽毬が病気になる以前の、数年前に突然両親が出ていった時から、いつの間にか当たり前になっていることだった。料理を作ることも慣れたもので、考えるより先に体が動く。唐揚げを揚げながらキャベツを炒めてしまえば、この日の夕食もすぐに出来上がることだろう。
両親が家を出ていった時も、この家は悲しみで溢れていた。三人とも、これからどう生きていけばいいのかわからなかった。
けれど両親が居なくなっても、陽毬が病気にかかっても、例え他にどんなに不幸な出来事が起こったとしても、この世界は当たり前のように進んでいくのだろう。そして世界は今、おそらく終わりへと向かっているのだ。このまま行けば、世界中がこの病気に覆い尽くされてしまうのも、時間の問題だ。現に今、この異常事態が収束するような可能性は、いっこうに訪れていない。
今は何ともないけれど、冠葉や晶馬だって、いつ病気にかかってしまってもおかしくはないのだ。
考えごとをしながらも手際よく準備を進めて、ちょうど鶏肉を油の中へ入れた所で、カラカラと玄関の扉が開く音がした。冠葉が帰ってきたのだろう。いつもは玄関まで迎えに行くのだけれど、今は手が離せない。
「兄貴、おかえり!」
仕方なく、油で揚げるじゅうじゅうという音に負けないくらいの音量で、台所から玄関に向かって声を張り上げた。しばらくすると、暖簾をくぐって冠葉が台所へと入ってくる。
「ただいま」
そう言いながら冠葉は、揚げ物をしている晶馬の後ろへ近寄ると、背後からそっと抱きついてきた。まるで存在を確かめるかのように軽く力がこめられて、背中に冠葉の体温がじんわりと伝わる。
しばらくそうしていたかと思うと、冠葉は次にソファに座っている陽毬の方へと向かって、頭を優しく撫でた。
この一連の行いは、高倉家では日課になっているものである。
おそらく、ただの兄弟であるのに背中から抱きしめられたりすることは、世間的に見るとおかしなことなのかもしれない。けれど晶馬は、そのことを一度も咎めたりすることはなかった。
両親も居なくなって陽毬も病気にかかってしまった今、冠葉が頼れるのは晶馬だけであるし、自分もまた同じだった。きっとこうでもしなければ、冠葉も晶馬も、すぐにだめになってしまうことだろう。
「晶馬、腹減った」
「わかってるって、もうすぐ出来るから」
居間から聞こえてきた声に、やはり大きめの音で声を張り上げて返事をする。冠葉が帰ってきただけで、高倉家は途端に騒がしくなるのだ。
「テーブル拭いといて」
「嫌だ、面倒くさい」
「それくらいすぐ終わるんだからいいだろ」
口ではそう言いながらも、冠葉はきちんと手伝ってくれる。台拭きを居間へ持っていくと、黙って受け取ってテーブルを拭いてくれた。
「陽毬、もうすぐご飯だよ」
「すごいな陽毬、今日唐揚げだってさ」
相変わらず、赤いソファに腰掛けて身動き一つ取らない陽毬に、二人は交互に声をかける。たとえ返事がないとしても、出来るだけ声はかけてやろうと思うのだ。
「陽毬、立てるか? テーブルの方に座ろう」
冠葉が陽毬の手を取って、移動を促す。晶馬が陽毬に接する時と同じように、ゆっくりと優しく、陽毬をテーブルまで連れてきた。
「はい、兄貴は料理運んで」
「テーブル拭くだけじゃなかったのかよ」
「お腹空いたんでしょ、じゃあ早くしてよ」
そう言うと、いかにも渋々というように、冠葉が再び台所へとやってきた。晶馬が器によそった料理を、次々に居間へと運んで行く。
高倉家は、やっぱりこうして三人で居るときが一番幸せであるし、好きだった。例え陽毬が何も喋らず笑わなくても、晶馬にとっては心の底から安心できる時間なのだ。
これで陽毬が、キラキラとした笑顔で高倉家を照らしてくれさえすれば、もう他に何も言うことはない。
陽毬を見るたびに、晶馬はそう考えてしまう。そしてその度に、心に靄がかかったように、暗い感情が立ち込めてくるのだ。
けれど晶馬は、すぐにそういう感情を振り払ってしまって、笑顔に戻る。陽毬の前では、何があろうとも絶対に笑顔でいたいと思っているからだった。それでも、どんなに蓋をして不安を隠してしまっても、晶馬の中から無くなってくれる訳ではない。
先が見えない、終わりへと向かっている世界の中で、晶馬はずっと、見えない不安を心の中に抱えている。
~中略~
帰り道に高倉家が見えてきた辺りから、冠葉は異変に気がついていた。普段なら古ぼけた家の窓から明かりが灯っているはずの時間であるのに、今日は薄暗いままだったのだ。冠葉は訝しんで、家まで後数メートルの距離を急いだ。
「ただいま」
家の扉を開けても、物音一つ聞こえない。二人とも家にはいる時間であったし、もしいないのなら携帯にメールなりなんなり連絡がくるはずだ。現に家の鍵は開いていたのだから、出かけているとは考えにくい。
それにいつもは、帰ってきたら晶馬が台所から顔を覗かせるのだけれど、その気配もなかった。
「晶馬、陽毬?」
胸騒ぎが抑えられなかった。台所にも、やはり誰もいない。それどころか、流し台に汚れた食器がそのままにしてあるのを目にして、いよいよ冠葉は何かがおかしいと確信した。嫌な予感が全身から沸き上がってくる。
「晶馬!」
バタバタと慌てて居間へ行く。するとようやく、赤いソファに二人で座っている姿を確認した。何か事故か事件でも起こったのではないかと思っていた冠葉は、二人が何事もなく家にいたことを知って、ようやくほっと胸を撫で下ろした。
「なんだ、寝てるだけか」
冠葉は一人呟いて、呆れたような笑みを浮かべた。こうして慌ててしまった自分が、酷く滑稽に思えたのだ。そうして、二人を起こそうと、晶馬に近寄る。
「晶馬、起きろよ。もう夕方だぞ」
けれども、安心したのも束の間のことだった。晶馬を間近で覗き込んだ瞬間に、冠葉は全身が凍り付くかのような感覚に襲われた。
陽毬は相変わらず、無表情で人形のようだった。ソファに座ったままぴくりとも動かずに、冠葉が近寄っても何の反応も示さない。薄く開かれた瞳には光が宿っておらず、部屋の片隅を見つめている。
そしてその隣には、陽毬と全く同じ表情をした、晶馬の姿があったのだ。
陽毬によりかかるようにソファに腰掛けて、時が止まったかのように身動き一つ取らない。けれども目は薄く開かれているのだから、これは恐らく、寝ている訳ではない。
「晶馬!」
たまらずに晶馬の肩を掴むと、冠葉は思わず叫んでいた。そのままガクガクと肩を揺さぶる。
考えられることは一つだけだ。けれどそれは、絶対に避けたかったことだった。冠葉は不安に駆られるままに、もう一度晶馬の名前を呼ぶ。
「おい晶馬、しっかりしろ!」
「…………ん、兄貴? どうしたんだよそんなに慌てて……ってうわ、もうこんな時間?!」
するとようやく、晶馬は普段の様子に戻ったようで、驚いたように声をあげた。そうして時計を確認して、目を見張る。
普段と同じような表情に戻った晶馬に安堵して、冠葉は全身から力が抜けていく。よかった、まだ取りあえず、晶馬はこちらの世界にいるようだ。
「ごめん、夕飯の用意も、掃除も洗濯も何もしてない!」
そう言うと晶馬は、慌てて台所の方へ向かおうとした。けれども冠葉はそれを許さずに、立ち上がった晶馬を引き寄せると、力一杯抱きしめた。
「あに、」
「いいからここにいろよ!」
思わず叫んだ声には、自分でも驚くくらいに悲痛な色が混じっていた。晶馬はびくりと肩を震わせて、戸惑うように冠葉を見ている。けれどもそんな晶馬に気をかけることが出来ないくらい、冠葉は今、言いようのない程の絶望に襲われていた。
とうとう恐れていたことがやってきた。世界はもうすぐ、終わってしまうのだ。どうして何もかも、冠葉の元から奪い去って行こうとするのだろう。晶馬だけは、何としてでも守り抜こうと決めていたはずなのに。
さっきの晶馬の表情も、時間が過ぎる感覚がわからなくなる事も、陽毬が病気になり始めた頃の症状と、全く同じだったのだ。肩を揺さぶって呼びかけるとはっとしたようにこちらに気づくことも、いつの間にか過ぎていった時間に戸惑うような素振りを見せることも、全部。
これは紛れもなく、発症の兆しだった。
陽毬の手を丁寧に引きながら、晶馬は再び、あの日三人で通った同じ道を歩いていた。まだ三月のはじめであるためか、あの日のように満開の桜は無く、小さな蕾が見えるだけであった。肌寒さが続いているから、開花までにはまだ時間がかかるだろう。
「陽毬、この道覚えてる?」
陽毬の顔を覗きこみながら、晶馬はそう問いかけた。陽毬からの返事はない。
手を繋いでいる方と反対の晶馬の手には、あの日と同じように、たくさんの品物が詰められたスーパーの袋が三つも持たれている。それはあの日に抱えていた物とは比べ物にならないくらい、ずっしりと重かった。
「桜、まだ咲いてないね」
晶馬はもう一度、ゆっくりと陽毬に声をかけた。やはり一言も返さない陽毬に、晶馬は一瞬だけ苦しそうな顔をする。けれどもすぐに消し去ってしまって、無表情で促されるままに歩いている陽毬に、柔らかく笑いかけた。そうして立ち止まっていた足を動かして、再びゆっくりと歩き始める。
陽毬が転ばないように慎重に歩いているから、スーパーへ買い物に行くだけでも、普段より倍近く時間がかかってしまう。早く家へ向かわなければ、もうすでに陽が傾きかけていた。
正体不明の病気が流行りだしたのも、今から一年くらい前のことだった。三人で遊びに出かけた日あたりから、テレビで取り上げられるようになったと思う。
それは、心が切り離されたように、何も考えなくなる病気だった。時が止まって、ゼンマイ仕掛けの人形のように、ただ存在するだけになってしまうもの。
治療法も予防法も、まだわかっていない。それにかかると一生、治ることはない。
徐々にニュース番組で取り上げられるようになったその病は、ある日を境に爆発的に蔓延していき、あっという間に世界を飲み込んでしまった。感染者は増える一方で、今では町中に溢れかえっている。
陽毬も、その感染者のうちの一人だった。陽毬がそれにかかったのは、病気の存在が世間に知れ渡るようになってから、半年後くらいのことだ。いつも輝くような笑顔を見せていた妹は、徐々に表情を無くしていき、とうとう冠葉と晶馬の問いかけにも答えなくなってしまった。
それは、連日のように報道されるニュースで、ようやく異常事態だと認識した国が、重い腰をあげて対策に乗り出した直後のことだった。
陽毬の時間は、そのときからぴたりと止まってしまっている。話しかけても何も喋らないし、微笑むこともない。冠葉と晶馬がケンカをしても止めに入ることもないし、悲しくて泣いたりもしない。晶馬はもう何ヶ月も、陽毬の声を聞いていなかった。
「ただいま」
カラカラと重い扉を引いて、狭くて古ぼけた家へと帰り着いた。片手で持っていたスーパーの袋三つ分をどさりと床に置くと、ようやく重みから解放されてほっと一息つく。袋の持ち手でせき止められていた血が流れ出して、手のひらがじんわりと温かくなった。
「ふう、重かった。陽毬、靴ぬげる?」
陽毬は何も喋らないし表情も変えないけれど、促せば身の回りのことは自分で出来る。晶馬の声を合図に陽毬はゆっくりと靴を脱いで、家へと入った。陽毬を注意深く見守りながら、晶馬もその後へ続く。
「早くご飯作らなきゃ、兄貴が帰ってきちゃうね」
すでにすっかりと薄暗くなっていて、家の中には赤い夕日が差し込んでいた。陽毬を居間へと連れてくると、昔から陽毬の定位置であった赤いソファの上に、ゆっくりと座らせた。ついでにリモコンに手を伸ばして、テレビをつける。
これから夕飯の用意をするために、台所へ行かなければならない。陽毬はテレビなど見ていないのだろうけれど、音のない部屋に陽毬を一人で放っておくのは気が引けるのだ。
テレビではちょうど、ニュース番組が始まった所のようだった。トップニュースは相変わらず、例の感染病のことである。感染者はいまだ増加の一方であること、治療法の確立を急いでいること、国が持ち出した対策のこと。すでに何度も放送されていることが繰り返されて、目新しいニュースは何もないことを確認すると、晶馬はテレビから目を離して、台所へと向かった。
そういえば、司会者が変わっていたような気がする。ここ最近、このニュース番組の司会者もよく変わるのだ。それが意味することは、おそらく一つしかないのだろう。
感染者は今日も、順調に増えているのだ。
「陽毬、ちょっと待っててね。今日は唐揚げを作るから」
そう言うと晶馬は手慣れた手つきでエプロンをつけ、先ほどのスーパーの袋からごそごそと食材を取り出した。今日は珍しく、鶏肉が安くなっていたのだ。
最近ではもっぱら物価が上昇していて、お肉などめったに買えなくなってきている。そのため、いつもはあまりお肉を使った料理はしないのだ。高倉家でも、唐揚げを揚げるのは久々だった。そこに、春キャベツの炒め物とお味噌汁、炊き立ての白ご飯がつけば完璧だ。
高倉家では、料理を含めた家事全般は、全て晶馬の仕事となっている。それは陽毬が病気になる以前の、数年前に突然両親が出ていった時から、いつの間にか当たり前になっていることだった。料理を作ることも慣れたもので、考えるより先に体が動く。唐揚げを揚げながらキャベツを炒めてしまえば、この日の夕食もすぐに出来上がることだろう。
両親が家を出ていった時も、この家は悲しみで溢れていた。三人とも、これからどう生きていけばいいのかわからなかった。
けれど両親が居なくなっても、陽毬が病気にかかっても、例え他にどんなに不幸な出来事が起こったとしても、この世界は当たり前のように進んでいくのだろう。そして世界は今、おそらく終わりへと向かっているのだ。このまま行けば、世界中がこの病気に覆い尽くされてしまうのも、時間の問題だ。現に今、この異常事態が収束するような可能性は、いっこうに訪れていない。
今は何ともないけれど、冠葉や晶馬だって、いつ病気にかかってしまってもおかしくはないのだ。
考えごとをしながらも手際よく準備を進めて、ちょうど鶏肉を油の中へ入れた所で、カラカラと玄関の扉が開く音がした。冠葉が帰ってきたのだろう。いつもは玄関まで迎えに行くのだけれど、今は手が離せない。
「兄貴、おかえり!」
仕方なく、油で揚げるじゅうじゅうという音に負けないくらいの音量で、台所から玄関に向かって声を張り上げた。しばらくすると、暖簾をくぐって冠葉が台所へと入ってくる。
「ただいま」
そう言いながら冠葉は、揚げ物をしている晶馬の後ろへ近寄ると、背後からそっと抱きついてきた。まるで存在を確かめるかのように軽く力がこめられて、背中に冠葉の体温がじんわりと伝わる。
しばらくそうしていたかと思うと、冠葉は次にソファに座っている陽毬の方へと向かって、頭を優しく撫でた。
この一連の行いは、高倉家では日課になっているものである。
おそらく、ただの兄弟であるのに背中から抱きしめられたりすることは、世間的に見るとおかしなことなのかもしれない。けれど晶馬は、そのことを一度も咎めたりすることはなかった。
両親も居なくなって陽毬も病気にかかってしまった今、冠葉が頼れるのは晶馬だけであるし、自分もまた同じだった。きっとこうでもしなければ、冠葉も晶馬も、すぐにだめになってしまうことだろう。
「晶馬、腹減った」
「わかってるって、もうすぐ出来るから」
居間から聞こえてきた声に、やはり大きめの音で声を張り上げて返事をする。冠葉が帰ってきただけで、高倉家は途端に騒がしくなるのだ。
「テーブル拭いといて」
「嫌だ、面倒くさい」
「それくらいすぐ終わるんだからいいだろ」
口ではそう言いながらも、冠葉はきちんと手伝ってくれる。台拭きを居間へ持っていくと、黙って受け取ってテーブルを拭いてくれた。
「陽毬、もうすぐご飯だよ」
「すごいな陽毬、今日唐揚げだってさ」
相変わらず、赤いソファに腰掛けて身動き一つ取らない陽毬に、二人は交互に声をかける。たとえ返事がないとしても、出来るだけ声はかけてやろうと思うのだ。
「陽毬、立てるか? テーブルの方に座ろう」
冠葉が陽毬の手を取って、移動を促す。晶馬が陽毬に接する時と同じように、ゆっくりと優しく、陽毬をテーブルまで連れてきた。
「はい、兄貴は料理運んで」
「テーブル拭くだけじゃなかったのかよ」
「お腹空いたんでしょ、じゃあ早くしてよ」
そう言うと、いかにも渋々というように、冠葉が再び台所へとやってきた。晶馬が器によそった料理を、次々に居間へと運んで行く。
高倉家は、やっぱりこうして三人で居るときが一番幸せであるし、好きだった。例え陽毬が何も喋らず笑わなくても、晶馬にとっては心の底から安心できる時間なのだ。
これで陽毬が、キラキラとした笑顔で高倉家を照らしてくれさえすれば、もう他に何も言うことはない。
陽毬を見るたびに、晶馬はそう考えてしまう。そしてその度に、心に靄がかかったように、暗い感情が立ち込めてくるのだ。
けれど晶馬は、すぐにそういう感情を振り払ってしまって、笑顔に戻る。陽毬の前では、何があろうとも絶対に笑顔でいたいと思っているからだった。それでも、どんなに蓋をして不安を隠してしまっても、晶馬の中から無くなってくれる訳ではない。
先が見えない、終わりへと向かっている世界の中で、晶馬はずっと、見えない不安を心の中に抱えている。
~中略~
帰り道に高倉家が見えてきた辺りから、冠葉は異変に気がついていた。普段なら古ぼけた家の窓から明かりが灯っているはずの時間であるのに、今日は薄暗いままだったのだ。冠葉は訝しんで、家まで後数メートルの距離を急いだ。
「ただいま」
家の扉を開けても、物音一つ聞こえない。二人とも家にはいる時間であったし、もしいないのなら携帯にメールなりなんなり連絡がくるはずだ。現に家の鍵は開いていたのだから、出かけているとは考えにくい。
それにいつもは、帰ってきたら晶馬が台所から顔を覗かせるのだけれど、その気配もなかった。
「晶馬、陽毬?」
胸騒ぎが抑えられなかった。台所にも、やはり誰もいない。それどころか、流し台に汚れた食器がそのままにしてあるのを目にして、いよいよ冠葉は何かがおかしいと確信した。嫌な予感が全身から沸き上がってくる。
「晶馬!」
バタバタと慌てて居間へ行く。するとようやく、赤いソファに二人で座っている姿を確認した。何か事故か事件でも起こったのではないかと思っていた冠葉は、二人が何事もなく家にいたことを知って、ようやくほっと胸を撫で下ろした。
「なんだ、寝てるだけか」
冠葉は一人呟いて、呆れたような笑みを浮かべた。こうして慌ててしまった自分が、酷く滑稽に思えたのだ。そうして、二人を起こそうと、晶馬に近寄る。
「晶馬、起きろよ。もう夕方だぞ」
けれども、安心したのも束の間のことだった。晶馬を間近で覗き込んだ瞬間に、冠葉は全身が凍り付くかのような感覚に襲われた。
陽毬は相変わらず、無表情で人形のようだった。ソファに座ったままぴくりとも動かずに、冠葉が近寄っても何の反応も示さない。薄く開かれた瞳には光が宿っておらず、部屋の片隅を見つめている。
そしてその隣には、陽毬と全く同じ表情をした、晶馬の姿があったのだ。
陽毬によりかかるようにソファに腰掛けて、時が止まったかのように身動き一つ取らない。けれども目は薄く開かれているのだから、これは恐らく、寝ている訳ではない。
「晶馬!」
たまらずに晶馬の肩を掴むと、冠葉は思わず叫んでいた。そのままガクガクと肩を揺さぶる。
考えられることは一つだけだ。けれどそれは、絶対に避けたかったことだった。冠葉は不安に駆られるままに、もう一度晶馬の名前を呼ぶ。
「おい晶馬、しっかりしろ!」
「…………ん、兄貴? どうしたんだよそんなに慌てて……ってうわ、もうこんな時間?!」
するとようやく、晶馬は普段の様子に戻ったようで、驚いたように声をあげた。そうして時計を確認して、目を見張る。
普段と同じような表情に戻った晶馬に安堵して、冠葉は全身から力が抜けていく。よかった、まだ取りあえず、晶馬はこちらの世界にいるようだ。
「ごめん、夕飯の用意も、掃除も洗濯も何もしてない!」
そう言うと晶馬は、慌てて台所の方へ向かおうとした。けれども冠葉はそれを許さずに、立ち上がった晶馬を引き寄せると、力一杯抱きしめた。
「あに、」
「いいからここにいろよ!」
思わず叫んだ声には、自分でも驚くくらいに悲痛な色が混じっていた。晶馬はびくりと肩を震わせて、戸惑うように冠葉を見ている。けれどもそんな晶馬に気をかけることが出来ないくらい、冠葉は今、言いようのない程の絶望に襲われていた。
とうとう恐れていたことがやってきた。世界はもうすぐ、終わってしまうのだ。どうして何もかも、冠葉の元から奪い去って行こうとするのだろう。晶馬だけは、何としてでも守り抜こうと決めていたはずなのに。
さっきの晶馬の表情も、時間が過ぎる感覚がわからなくなる事も、陽毬が病気になり始めた頃の症状と、全く同じだったのだ。肩を揺さぶって呼びかけるとはっとしたようにこちらに気づくことも、いつの間にか過ぎていった時間に戸惑うような素振りを見せることも、全部。
これは紛れもなく、発症の兆しだった。
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